後方散乱 backscattering

 超音波では後方散乱と言うと小さな反射体から入射方向と逆の方向に広がって反射する音波を言います。振動子で受けるとノイズ的なエコーに成ります。小さなエコーそのものです。

 探傷対象の鋼は、鉄の結晶が集まったものです。鉄の音速や音響インピーダンスは結晶の方向で20%程度異なります。即ち鋼の中には後方散乱する小さな反射体が沢山あります。鉄を圧延する前のインゴットでは物に依りますが、結晶の大きさは30oを超えます。通常の超音波探傷器や探触子の周波数では検査できませんので、超音波検査されていません。検査するとすると50kHz程度の周波数となります。

 一般構造物に使う鋼は結晶の大きさは0.1o以下です。その為、よく使われる5MHzの探触子では波長が0.3oあり、結晶粒より大きく余り減衰の影響を受けません。一方反射エコーとしては波長に近いので感度を上げれば、簡単にこの小さな反射体からの反射が観測されるはずです。例えば鋳物など粒界の荒い鉄では減衰はして感度は落ちますが、粒界からの反射エコーは観測されません。低い周波数の話ですが、コンクリートの検査でバックエコーは観測されますが、その手前のエコーは殆どが小さく、大きなエコーは大きな石だったり、鉄筋、ジャンカだったりします。写真140o厚さジャンカのみの試験体のエコー波形:更には、ジャンカのみの試験体を作ると、バックエコーは観測されますが、ジャンカからのエコーは観測されません。一方水中で0.05oの細いワイヤの先端反射エコーは5MHzの探触子で簡単に見つかります。しかし、鋼の場合、可成り感度を上げても反射エコーが観測できません。この辺の現象をシミュレーションで示します。

 原子力発電に使うウランのペレットを沢山詰め込んだ燃料管の管はパイプの状態で超音波検査されます。1970年頃までは日本製の燃料管は有ったものの採用されませんでした。超音波探傷が出来ないからです。パイプはジルカロイやSUS製で結晶粒界からの反射エコー即ち後方散乱が基準欠陥からのエコーより高く検査できなかったのです。パイプの材質を均質化して日本製が使える様になりました。均質に意味があるようです。

以降シミュレーションに使う音波波形は市販スクエアパルサー探傷器で発生したとしています。

先ず、均質を模擬する為、完全に格子状に小さな反射源が並んだ場合、振動子が受ける音波を計算します。

結晶粒界が均質な材料の場合:

図上が黒色のxマークの反射体の配置図で、赤色の振動子も配置されています。各反射体は同じ反射能力を持ち、球面的な広がりで反射します。その反射音圧を振動子面で開口合成した結果が、図下に示したRFエコー波形です。上下図ともX軸のスケールは合わせてあります。上図の左端に有る反射源からのエコーは下図RF波形の上図振動子X位置付近に現れ、振動子に近い反射体からのエコーは 下図左端に現れます。RF波形左端の大きなエコーは振動子直近にある反射体からのエコーで、確かに反射する能力がありますが、振動子から離れるほど振幅は小さく成ります。

 

一部が欠損している場合;

例えば、鋼の中に大きな結晶があると、反射する界面が少なくなり、その部分からの反射エコーは無くなります。周りの多数の反射体からは同じ様にエコーはあります。その場合、この様に欠損した部分位置相当のエコーが観測されます。

 

余分に反射体がある場合:

 一方余分に反射体が有る場合、例えば鋼の中に硬いインクルージョンがある様な場合です。前図同様ですが、エコー波形の位相は反転します。

 

 各点をランダムな位置に配置すると次のようになります。見ても判るように欠損や集中しているところが有ります。当然ランダム関数を更新するたびに、ノイズのレベルと位置は変わります。

反射源の配置が完全にランダムな場合:

 

通常の鋼の状態では粒界のサイズが多少変わるだけですがの、格子状の配置から格子間隔の10%程度位置を揺らがせてみます。

少し揺らぎがある場合: 

揺らぎを少し大きくして30%とします。

さらに増やし80%とします。

 

格子状に反射源は均等配置として、反射源それぞれの反射能力を±50%変化する場合を見てみましょう。図上では何位も変化してませんが、各点の反射能を変えています。

矢張りノイズが増えます。

均質だとノイズが低い、不均質だとノイズが高い事が判ったでしょうか?